「お金のむこう」に何が見える?

本から考えること

人を中心に考えると、世界は少し違って見える

はじめに

「お金さえあれば、だいたいのことは解決できる」
そんな感覚を、どこかで当たり前のように持って生きてきた。

将来が不安だから貯金や投資をする。
年収を上げることが正解だと思って働く。

でも、お金を軸に考えれば考えるほど、
なぜか不安が減らない感覚もあった。

そんなときに読んだのが
お金のむこうに人がいる】 だった。


お金は「価値」ではなく「道具」

この本で一番しっくりきたのは、
お金そのものには価値がない、という考え方だった。

紙幣はただの紙で、
数字はただの記号にすぎない。

それでも私たちがそれを欲しがるのは、
そのお金の向こう側で
誰かが動いてくれると信じているからだ

極端な話、
誰も働かない社会では、
どれだけお金を持っていても何も手に入らない。

経済の正体は、
突き詰めると「人の動き」なのだと思う


「原価0円」という考え方

この本でもう一つ強く印象に残ったのが、
「すべての商品は、元をたどれば原価0円である」
という考え方だった。

私自身、子供の時にこれってもとは山の中にあるやつで
「タダやのにな~」なんて思っていた。

山や森、土や水、太陽の光。
それらは誰かが作ったものではなく、
自然にそこに存在している。

自然そのものは、
私たちに請求書を出してくることはない。

では、なぜ商品には値段がつくのか。
それは、
原価0円のものに、人が手を加えたからだ。

掘る人がいて、
運ぶ人がいて、
加工する人がいて、
管理する人がいる。

私たちが支払っているお金は、
素材そのものの代金ではなく、
そこに関わった人たちの時間や労力への対価なのだと、
この考え方は教えてくれる。

私たちは「モノ」ではなく「人の時間」を買っている

普段の買い物を思い返してみる。

コンビニの弁当。
電車。
スマホの通信。

先ほども述べたが
私たちが支払っているお金は、
モノそのものの値段というより、
誰かの時間や労力への対価だ。

個人的な感覚だけれど、大阪で育ったこともあってか、
物事を考えるときに
「それで得するんか」「元は取れるんか」と、
つい損得で考えてしまうところがある。

それ自体が悪いわけではないし、
無駄を嫌う文化として自然なことだとも思う。

ただ、この本を読んで、
その損得のモノサシだけでお金を見ていると、
見落としてしまうものも多いのかもしれない、と感じた。


「元を取る」という発想への違和感

食べ放題で無理をする。
高い買い物だから使い倒す。

こうした行動の裏には、
「払ったお金を回収したい」という感覚がある。

でも、原価0円という考え方に触れてから、
本当に消費しているのは
量や金額ではなく、人の労働や時間なのだと思うようになった

そう考えると、
損か得かよりも、
自分が納得できる使い方かどうかを基準にした方が、
ずっと自然な気がしてきた。


不安の正体は「お金不足」だけじゃない

老後のこと。
将来のこと。
教育や社会の先行き。

不安が消えるわけではない。

でも、この本を読んで感じたのは、
不安の正体は
「お金が足りなくなること」そのものではなく、
人とのつながりが見えなくなることなのかもしれない
、ということだった。

誰かに必要とされているか。
自分が誰かの役に立てているか。

そこが見えないと、
どれだけ数字があっても安心できない。


おわりに:お金の「向こう側」を見るということ

この本を読んで、
生活が劇的に変わったわけではない。

ただ、
お金を見るときの視線が、少しだけ遠くなった

モノの値段ではなく、
その背景にある人の時間や労力を見る。

損か得かではなく、
自分が納得できる使い方かどうかを見る。

それだけで、
お金は少しだけ怖くなくなった。

この文章が、
お金の話に疲れた誰かにとって、
ほんの少し視点をずらすきっかけになればうれしい。

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